価値観は人それぞれ

価値観の違い、価値観が合う、など価値観は人との相性などでよく使われるワードです。

ではそもそも価値観ってなんでしょう。

ウィキペディアには以下のように記載があります。

価値観(かちかん、英:sense of values[1])とは、何に価値があると認めるかに関する考え方[2]。価値(善・悪、好ましいこと・好ましくないこと、といった価値)を判断するときの根底となる ものの見方[2]。ものごとを評価・判断するときに基準とする、何にどういう価値がある(何には価値がない)、という判断[3]

その人のものの見方というところでしょうか。

価値観は本当に多種多様で、10人いれば10通りのものがあります。体もそうですが、価値観って生まれ持ったものや育った環境、現況、趣味嗜好などが複合的に絡み合って作り上げられますので、一人一人それぞれの価値観がありますし、もちろんあっても良いと思います。

でも、時として価値観は争いや批判の種にもなります。特に日本を含めて東南アジアの人たちの多くは、一律で同じ方向を向いていることが良いという根底的な考えがあるので、価値観が違うとそれだけであれはダメだ、これはダメだとなりがちです。違いということに観点をおくと少々分かりづらいかも知れませんが、例えばあの人がやっているから大丈夫だろう、あの人もそう思っているから、と他人と同じことで安心していることはありませんか?

価値観の違いって一見、ネガティブに聞こえますが、それでも価値観が違うということは多様性があり可能性があるということです。例えば、仕事の会議において5人の人が参加していても全て私も同意見です、となって一つの意見しか生まれなかったらそれ以上のものはありません。反対に5人の人が全て異なる意見を出したら5つの意見が出るわけです。確かに初めは5つの意見が異なるわけですから方向性が定まらずにまとめることは難しでしょう。けれど長期的に見たら、5つの中から1つの意見を採用して進むとなれば、その1つの意見は他の意見も含まれたいわば洗練された意見になっているわけですが、1つの意見しかない場合はそれ以上のものがないでしょう。

なので、人と違うことが価値になるわけです。

だから人と違うから、といっても何も困ることもなければ引くこともないわけです。むしろ、それが新たなものを生み出せるチャンスかも知れません。

例えば、当院の治療は自費オンリーで保険診療に比べたら費用は当然高いです。でも、保険診療ではできない一人一人丁寧に時間をかけてじっくりと施術することができます。根本から治したい、健康に気を遣いたい、という人にとっては価値があるものだと思います。しかし、たくさん通いたい、1回の治療内容よりも通う回数を増やして治したい、という人にとっては価値がないでしょう。

ただ、そこには優劣はなく、どの価値を自分が持っているかだと思います。洋服でも値は張るが良いものを長く使いたい人もいれば、流行に合わせたいのでファストファッションで着こなしたい、あるいは洋服には興味がないから同じ服で良い、安いものを早いサイクルで捨てて購入するといった様々なスタイルがあります。もちろん、ここにも優劣はありません。

価値観は優劣で見られやすいですが、そうではなくイメージ的にはグループ分けでしょうか。AのグループはBのグループと異なった価値観があるから、同意はできない。でもそれでお互いを批判するのではなく、お互いを認め合うことが必要なのではないでしょうか。

最近の風潮では価値観の違いを意識的にか無意識にかは分かりませんが、批判しがちに思えます。だから、それによってなんであの人はこうなんだ、とか私はこうじゃないからだめなんだとか、そのような考えになり精神的に参っている人が増えてしまうのでしょう。

そうではなく、あの人はあの人、私は私、と自分も相手も認めてあげることができれば精神的にも少しは楽になるのではないでしょうか。

といってもなかなかできないのが人間ですが、少しでもお互いを認め合うことができれば批判し合うこともなく、違う価値観の中から新たなものが生まれていくのではないでしょうか。そして、メンタルヘルスの関係ももっと改善されるのではないでしょうか。

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